ハッピーボイス・キラー。ライアン・レイノルズの切なくも楽しい殺人鬼演技が光るスリラー映画

ハッピーボイス・キラー。
デッドプールがとっても良かったので、ライアン・レイノルズの出ている映画がもっと見たくなって見てみました。
すごく良かったのでレビューを書きます。

ハッピーボイス・キラーとは

ハッピーボイス・キラーとは、ライアン・レイノルズが、ちょっと弱気でキュートな殺人鬼を演じる映画です。
公開は2014年のアメリカ映画ですね。

ストーリーは、ライアン・レイノルズ演じる気弱で孤独な青年が、猫や犬や生首とおしゃべりしながら、苦悩しつつも、明るくポップにどんどんと人を殺していく話です。
と、一言で説明してしまうと、ものすごい内容の映画ですね。。。

ぼくは、最近、というかある時期を境に、こういうサイコパスものに興味を持ち、こういうものばかりを観てる感じがします。。。
いや、そんな映画ばっかり見ているわけではないのですが……
でも、苦悩しながらも殺人を犯していく孤独な男の話に、なんというか、哀しさのようなものを感じてまうのです。。。
ぼくも病んでるんですかね。
こういう孤独な殺人者の話としては、最近では、Netflixの『マンハント』もすっごく良かったです。
これは、連続爆弾殺人犯であるユナボマーとそれを捕まえたFBI捜査官の心理戦を描いたドラマです。今度、機会があったら、紹介しますね。

ハッピーボイス・キラーの監督は、マルジャン・サトラピ。
女性の映画監督です。彼女は、イラン北部のラシュト出身、フランスの漫画家でイラストレーターです。
漫画家でイラストレーターという異色の経歴の映画監督なので、非常に興味を持ちました。
マルジャン・サトラピ監督の映画としては、他にチキンとプラム 〜あるバイオリン弾き、最後の夢〜(2011年)があるので、こちらも今度見てみたいと思います。

ハッピーボイス・キラーのキャストと吹き替え

ハッピーボイス・キラーのキャストと吹き替えは以下のようになっています。

ジェリー:ライアン・レイノルズ(松本保則)
フィオナ(ジェリーの片思いの相手):ジェマ・アータートン(本田貴子)
リサ(ジェリーの同僚):アナ・ケンドリック(小林沙苗)
ウォーレン博士(精神科医):ジャッキー・ウィーヴァ―(宮沢きよこ)

ちなみに、ライアン・レイノルズは、ペットの猫(Mr.ウィスカーズ)や犬(ボスコ)、鹿、バニー・モンキーの声も兼ねているため、ライアン・レイノルズが一人で五役をするところが見どころになっています。

ハッピーボイス・キラーが見れるVOD

ハッピーボイス・キラーが見られるVODは、以下の通りです。

TSUTAYA DISCAS/TSUTAYA TV

ハッピーボイス・キラーをおすすめしたい人って、だれでしょう。
ハッピーボイス・キラーを見ると楽しめるよ、という人ってどんな人なのか。

サイコパスな殺人鬼が出てくる映画やドラマが好きな人には、かなりおすすめです。でも、それ以外にも、クリミナルマインドやハンニバル、セブンみたいな映画が好きな人も楽しめると思います。

ハッピーボイス・キラーがおすすめな人

・サイコパス系の映画が好き
・ミステリー映画・ドラマが好き
・『サイコ』みたいな心の声が聞こえて殺人を犯す人間を悲しい、と思える人。あるいは、何らかの共感を感じてしまう人
・孤独な人・寂しい人
・彼女や彼氏がいない人
・鬱気味な人
・殺人鬼の話が好きな人

ぼくは、ハッピーボイス・キラーみたいな映画を、なんというか、単なるキチガイ男が殺人を犯す物語として見れないので、見ると、なんか悲しい気分・複雑な気持ちになります。

人に迷惑をかける形でしか生きていけない人っているよね……
そういう人は、どうやって幸せになればいいんだろう……
ってことを真剣に考えちゃうんですよね。

人って、なんらかの業みたいなものを抱えているものなので、それを満たさないことには、精神の平穏が得られない人もいるわけですよ。
でも、ハッピーボイス・キラーのライアン・レイノルズみたいな男が生きられるような場所は、この社会には存在しません。
ぼくは、こんな奴が身近にいたら、絶対怖いし嫌ですし。。。

でも、大なり、小なり、こういった業みたいなのを抱えて生きている人って、意外と多いんじゃないでしょうか。
ぼくは、そういう人が救われる方法を真剣に考えたいと思っています。

ハッピーボイス・キラーのエンディングで流れる歌曲

ハッピーボイス・キラーのエンディング間近で流れる曲です。
ジェリーには、本当の意味で幸せになって欲しかった。

けれど、この曲を歌っているライアン・レイノルズやアナ・ケンドリック、ジェマ・アータートンもノリノリで、楽しそうなのは良かったと思います。

ハッピーボイス・キラーのラストをネタバレ考察

ネタバレになりますが、ハッピーボイス・キラーのラストって、悲しいけれど、ハッピーな不思議なオチですよね。

マルジャン・サトラピ監督のセンスなのでしょうか。
マルジャン・サトラピ監督が何を考えて、このオチを選んだのか。
どうして、この物語を描こうとしたのか、すっごく話を聞いてみたいですね。
マルジャン・サトラピ監督も、こういう心の声が聞こえる、ということに共感できる人なのでしょうか。
この物語の核を考え付いた人に、なんか、深い業のようなものを感じます。

ハッピーボイス・キラーのオチ。。。
これ、通常のサスペンス映画では考えられないオチだと思います。

こんな幸せな結末は、シリアル・キラーには絶対に許されません。
あらゆる意味で、ギリギリというか、これはギリギリのラインを軽く超えてしまっているオチでしょう。

ですが、だからこそ、安易な予定調和に陥っておらず、一見の価値があるラストではないでしょうか。
主人公のジェリーは、決して許されない行いをしてしまったけれど、それをすることになった経緯を考えれば、かれにも同情の余地はあります。

何しろ、母親と同じように、イマジナリーフレンドを大人になっても持ち続け、周囲の喋らないはずのものの声が聞け、おしゃべりができ、義理の父親に異常者だと罵られ続け、さらには、母親をガラスの破片で刺して殺してしまっているのですから。(これは決してジェリーがやりたくてやったことではなく、自殺の手伝いをさせられた)

だから、ジェリーが壊れてしまうのも無理はないのです。
しかも、異常者ということで薬を飲むように強制され、かれは肉体的にも精神的にも孤独を強制されている状態。

被害者や被害者の遺族からすれば、ジェリーがハッピーエンドになることは許されないと思います。
でも、ジェリーは、いい人間になろうとベストを尽くした上で、この結末になってしまっているわけで、もし、自分がジェリーの立場だったら、せめて、空想の中でだけは幸せな結末を迎えることを許してほしいと考えるでしょう。

結局、ジェリーは、内なる悪の声である猫『Mr.ウィスカーズ』の言葉に耳を貸さず、善の声である犬『ボスコ』の言葉に従い、自らの命を絶ったのです。
程度の差こそあれ、ぼくは、こういった心の声を聴くことができる人って、今の社会にたくさんいるのではないか、という気がします。
監督のマルジャン・サトラピ監督も、内なる声を聴くことができる人物なのではないでしょうか。

ああああ。
ぼくは、鬱病っぽいところがあるので、こういう話を見ると辛いというか、妙に考えさせられるところがあります。
さすがに、人を殺したいとは思いませんが、こういう種類の人間の抜き差しならない状況も理解できるんですよね。。。

ハッピーボイス・キラーは、内なる何者かの声を聴くことができる人、聴くことができるような気がする人、孤独を抱えている人が見ると、少しだけ癒される物語かもしれません。

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